エッセイ

わたしがオススメできない唯一の自己実現「手段」

前回、「自分が本当にやりたいことなら、手段なんて選んでらんねぇ!」と息巻きましたが、自己実現の「手段」の中で、あなたにオススメできないものが一つだけあります。

それは、「性格を変えること」です。

性格変えようとしてみた

わたしは自他共に認める内向型の人間です。

そんなわたしも、社会的成功を夢見ていた学生~新社会人時代にかけて、外向型になれないものかと色々模索しました。

「性格は変えられる!」的な本を読んだり、環境が変われば性格も変わるかと思い、天職ではないと思いながらも営業職になりました。

結果、外向型にはなれませんでした

この経験から学んだことは、性格を変えようともがく過程は非常に苦しく、しかも性格を変えるのはほとんど不可能ということです。

なぜ性格を変えることは非常に苦しくて不可能なのかを、次節でちょっと深掘りしてみます。

性格形成のメカニズムから考える

なぜ、自分が今の性格になったか考えたことはありますか?

これはわたしの持論ですが、性格は経験の反復によって形成されるのではないかと思います。

例えば、人と遊ぶことに「快」を感じた人はその行動を繰り返し、結果外向型の性格になり、「快」を感じなかった人は人と遊ばなくなり、内向型になるという具合です。

以下、話をわかりやくするために内向型のパターンに話を絞ります。

行動の最初の一回目は偶然ですが、二回目以降は「わたしは人と遊ぶことで『快』を得られない」という「予測」をもとに行動し、行動の結果、実際にそれが裏付けられ、さらに同じ行動を取るというサイクルに入ります。

そして、サイクルが繰り返される度に、「予測」の確度は上がっていき、「確信」のレベルにまで成長します

外向型になるにはこの「確信」を覆さなければなりませんが、これは意図してできるものではありません。

なぜなら、「確信」を覆すということは、これまで「確信」に基づいて生きてきた自分の人生を否定すること、つまり自己否定をすることに他ならないからです。

なんだかんだで、今まで同じ性格で生きてこられたのに、自己否定を受け入れてまで性格を変えることを、自我はなかなか許してくれません。

努力をすれば周囲に自分を外向型に見せることはできますが、「確信」と反対のことをしているのでストレスが溜まります。「不快」なことをやり続けるのだから当たり前ですよね。

唯一、「確信」が崩壊するような衝撃的な体験<肉体的 or 精神的に死の瀬戸際に立つような経験>をした場合、性格は変わると思いますが、意図的にそのような体験をすることはできないので、目的のための「手段」として計画的に性格を変えることは不可能というのが、わたしの今の結論です。

だからわたしは、自己実現の「手段」として性格を変えることはオススメできないのです。

心地よい状態を目指す

今は性格を変えて外向型になるのは苦痛な上に、無理だということがわかり、また社会的成功=幸せでないこともわかったので、方向を180度転換し、自分にとってできる限り心地よい状態を目指しています。

自分にとって心地よい状態であれば、ストレスはなく、自己の強みと能力を100%発揮できるからです。

まとめ

心地よい状態を目指すことは楽に流れることと同義ではありません

心地よい状態を実現&維持するのにも絶え間ない努力が必要になるからです。

わたしはこっちの道で、しばらく頑張ってみます。


photo credit: Mascarada via photopin (license)

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